読書百冊意自通ズ覚書

本について考えさせられたことの記述及び感想を掲載中。
日々における捕らぬ狸の皮の足跡&呟きも。

CATEGORIES
RECENT ENTRIES
RECENT COMMENTS
  • #025 十二の遍歴の物語
    K (09/28)
  • #025 十二の遍歴の物語
    Yuko (09/11)
  • #106 イデアマスター―GLASS HEART:出張覚書編
    K (10/26)
  • #106 イデアマスター―GLASS HEART:出張覚書編
    海音 (06/13)
  • のだめカンタービレ #23 - The Last Lesson
    k (12/01)
  • のだめカンタービレ #23 - The Last Lesson
    可恋 (12/01)
  • #106 イデアマスター―GLASS HEART:出張覚書編
    K (03/27)
  • #106 イデアマスター―GLASS HEART:出張覚書編
    千砂 (03/27)
  • “神がかり”的な― THE DARK KNIGHT
    K (02/25)
  • そうか!だから夏目でにゃんこで先生か!!
    K (02/25)
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
SEARCH


<< July 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
Information
[Read Me!] はじめてお越しの方は必ずお読み下さい。
覚書一覧:The Schedule of notes/Update HistoryLinkについて
Last Update: 10/4, 2013
Travel report in New York 2013

最近読んだマンガ・ラノベはFacebookにて。基本オススメ作品です。
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

|スポンサードリンク | - |- | - |
#104 文学全集を立ちあげる
 の人の対談でまずびっくりしたのは、丸谷があまりしゃべっていない、ということだ。
 まぁ丸谷もお年だし、オブザーバーとしてと考えていたのかな、と思うけれど、それにしてもびっくりするくらいしゃべっていない。今までの対談では、だいたい丸谷の様々な知識や見解が展開されていくパターンだったと思うのだけど。
 それは、一つには、丸谷もお年で、若い二人に任せるか、的なところもあったと思われる。そしてもう一つには、この二人の知識量と意見がハンパない。だから丸谷も、自分がわざわざ言わなくても、この二人が言ってくてるから自分は必要なとこだけ突っ込んでおけばいいや、と思っていたのかもしれない。
 そう、とにかく、鹿島・三浦両氏の人間文学辞書とも言えそうな知識がハンパないのである。
 あまりの博識ぶりに#1、如何に本を読んでいないか痛感させられることになった。なぜなら、名前は知ってるけれど読んだことはない、ならまだしも、名前すら見たことも聞いたこともねえ!という作家がいっぱい出てくるのだ。それも外国文学ならまだしも、日本の文学で、である。
 ある程度は知名度はあるだろうが、マイナーなのだろう、と片づけたいところではあるけれど、この対談のコンセプトを思い出すとそうも言っていられない。そもそもこの本、架空の文学全集を作るとしたら、誰の何の作品を選出するか?という主旨の対談本なのである。丸谷が最初に述べているように、いわゆるキャノン#2的なものにしたい、と言っているのだ。ということは、ここで挙げられている作品及び作家は、それなりに知り、読んでおくべきということで……。

続きを読む >>
|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#108 挨拶はむづかしい
 拶に関するエッセイだと勝手に思っていたが、何のことはない、丸谷が今まで実際にしてきた挨拶集だった。
 しかし、驚くくらい様々な場面で挨拶をしている。作家も丸谷くらいになると#1、挨拶する機会も多くなるのだろう。かなり色々な人と交流があるのだな、と改めて感心した。明治あたりから始まった(のではないかと思われる)今はなき近代日本文学のサロン文化、というようなものを感じさせられる。
 内容そのものは、 特別面白いというものでもなかった。(失礼)きっと「挨拶の名手」は世の中にもっといることだろう。#2もっとも、字で読んでいるだけで、その場の雰囲気とか語り口調はわからないので、挨拶としてトータルでどんなものか判断できないが。

 面白かった部分を少し。
続きを読む >>
|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#043 青い雨傘
丸谷 才一
文藝春秋
Amazonランキング: 595272位

 くづく思うのだけれど、丸谷は文章が上手い。こう、スッと入ってくる。中で少し難しい話題になっても、スッと入ってサラッと説明してまたスッと本論というか元に戻る、その辺りも絶妙だ。私は文章の学問的なことはさっぱりなのだけれど、解説の鹿島茂氏によるとこれは「弁論術(レトリック)の定法を踏まえたもの」(p.289)ということらしい。ふぅん。しかしレトリックの始めというのは「かのアリストテレス」ということだから、驚きだ。文章や論述というのは、近現代になって科学なんかと同じように進歩しているわけではなくて、むしろB.C.くらいの頃に確立しちゃっているのかもしれない。そこら辺のことは何せ無学なのでよくわからないけれど、現代の方が「文章を書く力が無残に低下して」いる#1のは確かだろう。人間のある一面というのは、何千年も前からすでに成熟していたのである。
続きを読む >>
|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#40 日本語のために
 書は昭和四十年代に盛んに取り上げられていた「国語改革」の動向というものを見、それについての丸谷才一氏の意見――当時の論調と氏の考える国語改革のあり方というもの――が書かれている本である。二十年以上も前のことだから、「国語改革」なんていう動きがあったことすら私はよく知らない。ふぅむ、みんなそんなことで喧々囂々していたのか。
 それはともかく、丸谷の主張は丹念に検討され、氏が構築した国語のあるべき姿であるから、その主張は二十年以上を経た今でも十分通用する、と私は思う。そしてこの本を、真面目に教科書を作っている人たち(特に小学校の)や、小・中・高の国語の教師をしている人に読んでもらいたいなぁと切実に思う。#1なにしろ大切なことをたくさん教えてくれるのだ。

 私がびっくりしたのは、小学校四年生からローマ字を教え#2、ゆくゆくは日本語をローマ字表記にしよう、と考えていた当時の人たちである。どうもそういう意見の中で「国語改革」は論じられていたらしい。
 丸谷は親切だから、そういう意見に対して「日本語はわかち書きができない」とか、「漢字は表意文字だから、ローマ字で日本語を表記しても伝達が正確に行われない」とか、どうしてローマ字表記はダメなのかこの中で説明してくれているけれど、私は丸谷の解説にいちいちもっともだと思うと同時に、日本語はわかち書きできないとか、ローマ字では意味が通じないとか、そんな当たり前のことが(この人たちには)どうしてわからないのだ!とびっくりしてしまった。もっと正確に言うなら、当たり前のことなのに、それを追いやってどうしてローマ字表記を、などと考えられるのか、そういう考えを持つ人がいるということが信じられない、と言うところだ。何考えてんだ?日本語ってものを本当に理解していないんだなぁ。
続きを読む >>
|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#023 桜もさよならも日本語
---
---
Amazonおすすめ度:

 語読本#1などという、何やら堅苦しい本なのに、さすがに丸谷、分かりやすく、興味深く書いて呉れた。
 こんなに入り込んだ内容なのに、読んでいる間、全然立ち止まらずにすんなり進めるのは丸谷の手腕の賜物だろう。本当にこの人は文章が上手い。ほとほと感心してしまふ。
 だつて考えてもみてほしい。丸谷はこの本の中で、「どうして社会に言葉(日本語)が普及したのか?」「過去の歴史の流れも踏まえながら、日本語をどう扱い、どう教えていくのが最適なのか?」という、ちょっと一言では——一言どころか本一冊費やしても——端的には答えられなさそうなことを、国語の教科書についてや大学入試問題の具体的な欠点・問題点・改善点・改善方法を示しながら、分かりやすくすっきりとした文章で論じている#2のである!これはちょっとすごい。「普通に」「分かりやすく」が前面に出ているせいで、逆にそのすごさに気づかないかもしれないが、難しいことを、これほどわかりやすく書くことができるなんて驚き以外の何ものでもないだろう。ちょっと誉めすぎだろうか?しかし、自分では絶対にこんな風に書けない。尊敬。
 ちなみに「漢語(時音語)」と「和語」なんて区別、考えてみたこともない。成程。
続きを読む >>
|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#018 ウナギと山芋
 うやら本書『ウナギと山芋』は、あとがきを読んでわかったのだが、『遊び時間』#1の3、ということらしい。なぁんだ、そういうことなのか、とホッとしてしまった。前作『遊び時間2』は非常に面白かったから、そういう雰囲気なんだろうと予測ができて、この結構ぶ厚い本も楽しく読めそうな展望が見えたからだ。
 基本的にあとがきは最後に読むけれど、苦手な俳句から始まる本書の完読に一抹の不安を抱き、最後はどなっているのだろう、とあとがきを見てしまった。結果的にあとがきを先に読む最大のデメリット、いわゆるネタバレに後悔することもなく(推理や探偵ものじゃないんだから、そういうこともないか) 先行き明るく読み進めることができた。あとがきを先に読むことは基本的には邪道だと思うが#2、何事にも例外といふものがあつて、これはその最たるものの一つであらう。

 さて、苦手な俳句のところはすっとばして…書評は、やはりすごくよかった。丸谷は本当に書評が上手い。
 中ではイギリスの書評について書かれており、なぜ丸谷の書評がこんなにも上手なのかわかったような気がした。というか、それ以前に、日本は書評というものが全く発達していないのだという事も初めて知った。
 本書によると、書評がとても洗練され、発達しているのはイギリスだそうで、丸谷はその書評先進国のイギリス人の書く面白い書評を自分なりにチョイスして#3よく読んでいるという。そこで良い書評の何たるかを身につけて、それを自ら活かしているから、丸谷の書評は面白いのだろう。書評って奥が深い。
 そして丸谷の書評レベルがイギリスの一般的な書評レベルなら、日本は相当ヘタレだと思う。だって書評が「面白い」ものだなんて、思ってもみなかった。丸谷の書評に出会うまで、書評というのは、書いている本のことが紹介されているだけの、読み物としての面白味なんてないものだった。それはまあ、紹介している本にクローズアップするのがいわば書評の本分なわけで、書評そのものに面白さは追求されるべきものではないのだろうけれど。しかし、面白い書評がある、なんて考えてもみなかったわけで、この事からも、日本の書評の後進ぶりがわかろうというもの。#4

 日本語論のことも相変わらず面白い。本書には、なぜ丸谷が日本語について語り始めたのか?それをして何を目指しているのか?#5ということも書かれている。教科書の問題について述べているのは初めて読んだ。『日本語のために』とか、『桜もさよならも日本語』#6も読もうと思わされる。
 そしてまた、明治憲法の悪文加減(!)、日本語は散文が確立していない、ということがよくわかった。書評が面白くないと前述したけれど、それは散文が確立していないというのもあるのだと思う。その証拠に、散文とはなんぞや?(公式に使用できる散文)と問われて、答えられないのだ。これは自分のレベルの低さの問題も大いにあるけれど、良い散文や論証文を書く人がいない(=触れる機会が少ない)というのも大きいのではないか。なにせ、小林秀雄でさえ論理的じゃないのだ。#7あえて書くけれど、小林秀雄は評論家である。それも、今、日本で最高の権威といわれている評論家だ。なのに散文として確立されていない(丸谷談)という。
 卒業論文を書くのにそれなりに論文は読んだけれど、思い返せば基本的にあんまり面白くなかった。中には面白いものもあるけれど、それは内容が面白いのであって、文章全体込みで面白いわけじゃない。というより、丸谷の論点からみれば、もう文章はわかりにくいとうことになる。評論ってそんなものだと思っていた けれど、ところがどっこい、外国の評論にはどうやら書評と同じく面白いものもあるらしい。それというのも、散文が確立しているからだ。
 と、自分には全く考えもつかない側面からの話なわけだけれど、これは大きな発見!と思わされた。さすが丸谷だ。散文の確立されているイギリスの文章に(あえて文学とは言わない)慣れ親しんでいる#8から、丸谷の本は題材は難しいのにこんなにわかりやすいのだろう。
 それに引き換え、いくら散文が確立していないからとはいえ、この文章のなんとわかりくにくいことか。
 散文って…何なのだろう…(遠い目)
March 23th, 2001

 
notes
#1: 『遊び時間』はこれまで1, 2巻が出ており、エッセイや書評などがまとまった本。
#2: やはり「あとがき」というだけあって、作者は本文の「あと」も書いているわけで、そこはやはり本文が終わった「あと」に読むのが正統だろうと思ふ。作者だつて本文の「あと」の頭で書いてゐるのだし。
#3: というのも、丸谷曰く書評専門誌は面白くない、それより "New States Man"とか"Sunday Times", "Observer"などの書評欄が良い、と言っている。
#4: それとも、考えてもみなかったのは私だけなのか。
#5: それは大岡昇平氏との往復書簡にも書かれていた。
#6: どちらも丸谷才一の著書。後日読み、覚書#023, #040で覚書している。
#7: 丸谷によると…(不勉強ゆえ私はよく知らない…)
#8: 氏の前身は英語教師。専門はJ. ジョイス。

 


 
|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#007 文章読本
 からウロコがボロボロ!落ちた本書である。そのウロコをどこまで書き切れるかはなはだ疑問だけれど、言いたい事の中核くらいは何とかなるだろう。

 第一章〜第四章までは、いまいちピンとこないまま読み進めた。それは、外側はよく見えるけど、内側は曇りガラスの向こうにぼんやり見えるだけで、形は判別できるものの、細かいところまではわからない、というような感じだ。
 それでも、基本的に丸谷の考え方は自分には合っているようなので、「全然わからない」ことはなかった。例えば、「第二章 名文を読め」とか「第三章 ちょつと気取つて書け」とか、タイトルを見ただけでも頷ける。もちろんその内容だって別段問題ないのだが、しかしながら読んでいていまいち「そうか!閃いた!」的でない。
 その理由の一つは、引用されている文章やそれについての丸谷の解説を、自分がよく理解していないせいだろう。原文やその著作を知らないので、それについて述べられたり、それを使って説明されてもピンとこないのだ。だから、第一章〜第四章までは、わかるような気もするが、結局丸谷が何を言いたいのか、その核がいまいち掴めない、という感じだった。
 ところが。
「第五章 新しい和漢混淆文」。ここへきて私は「な・る・ほ・どーっ!!」とおおいに閃いたのである。

 実のところ、この第五章も、最初の方は第四章までと同じく、引き続きよくわからなかった。しかし中ごろになって突然、丸谷の言いたい事が嵐のようにドーッと理解できたのだ。それはこれぞまさに閃き、であった。
 なぜそうなったのか。
 それは第一に、第五章の内容が今まで自分がモヤモヤと考え続けていた事と同じで、それらが結びついた時、途端にすべてを理解した、ということと、第二に、モヤモヤ程度で、自分の中でハッキリしなかった(させられなかった)考えというものが、この第五章でまとめられていて、さらに色々な具体例を示し、裏付けとともにわかりやすく論じられていた、という、主にこの二点から、突然パッと理解したものと思われる。それははじめの、曇りガラスの向こうの中核なるものが、ドン!と目の前に虫メガネぶら下げて現れた!みたいな感じだった。
 で、それらは一体何であったかというと…以下は極めて私的見解。
続きを読む >>
|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#008 忠臣蔵とは何か
 像していたのとは結構違うところから書き出されていて、ちょっとびっくりした。 内容というよりも、構成部分のことだ。
 御霊信仰のことも、カーニバルのこともよくわかるし、曽我物語から入っていくのもうまいのが(納得できるし)、いかんせんこの曽我物語についての記述が助長に過ぎる。
 だから内容は申し分ないのだけど、長過ぎちゃって中だるみというか、だらだらしてきてしまう。はっきり言ってしつこい。のだ。曽我物語のところを読んで疲れてしまい、本旨に行くともう気力も体力もなくなっている。
 カーニバルのところも言いたい事はわかるけど、ちょっとパワーが足りない印象だ。エネルギーをその前の曽我物語のところで使い切ってしまったのではないか。でもそうなってしまうのはよくわかる気がする。細かい事をごちゃごちゃちまちまやっているうちに、最後のまとめで書くべきことも書いてしまったりして、いざという時にパワー不足になってしまうのだ。
 と、めたくそな評をしているが、なんとこの本は賞を取っている#1。丸谷の文章としてはイマイチな気がするけれど、一般的な評論と比べれば、とらえ方が多面的で、情報も多く、完成度が高いのだろう。世間的評価は高い本である。世間が評価するものってそんなものかもしれない。#2
August 22th, 2000

 
notes
#1: 第38回野間文芸賞受賞。(1985年)かの小林秀雄や室生犀星も受賞した由緒ある賞。
#2: さらっと失礼なことを言っているが、すごい本である。念のため。
 
|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#005 遊び時間2
 きなり「2」から読んでいるのは、友人T田が「2」を貸してくれたからです。 たぶん、あのひとの部屋のどこかには「1」があるのだらうけれど、例によつて例の如く、 他の本に埋もれて発見するのは至難の業、という状態なのでせう。本人に言はれなくつたつてそれくらい解る。#1
 という具合で旧仮名遣いにも慣れ、なんとなく心地よくさえなってきた。丸谷の文章も秀逸である。文章の流れというがとても上手くて、すんなりいっていて、読み易くて面白い。論旨も明確で、運び方が上手いので、ちょっと小難しい題材や内容でもくっきりと頭の中に入ってくる。改めて、丸谷の文章の上手さに感嘆させられる。
 チャンドラーの事なんかも書いてあった。マーロウの名台詞、「…優しくなれなければ、生きている資格がない。」#2、が、そういえば昔そんなキャッチ・コピーがあったなァと思い出しつつ#3、 丸谷が見い出したフレーズだったと知って驚いた。
 しかし、あの文章の中で丸谷がちょっと憤慨していたように感じたけれど、その気持ちって何だかわかる気がする。マーロウを好きで読んでいるとそう思うのではなかろうか。
 あのセリフの持つ意味というか、重さっていうのは、言葉の表面にだけ表われているんじゃないんだ、今までずっとマーロウという一人の探偵が、大都市L.A.で孤独に生きてきて、その彼の姿があの言葉の後ろの見えない部分に隠れて、佇んでいるんだ、マーロウ最後の、ストーリにあまリ関係のないエピソードがいつもの作品にくらべてはるかに多い――初めて(と言っていい)マーロウ自身が好意を示す女性#4とのやりとり、物語の幕切れ――”謎をひめた”ラスト・ストーリー#5、それが『プレイバック』という作品であり、このマーロウの台詞に全て附随しているのだ、と。

 それにしても、丸谷はジェームス・ジョイスが 専門だけあって、さすがに海外作品(殊に英国、そしてジョイス)に詳しいけれど、同時に日本の古典及び日本語についても非常に、驚くほど造詣が深い。
 自国の言葉(文化、文章etc…)を満足に扱えない人が、どうして外国(語、文化etc…)を理解するできよう?という理屈はよくわかるけれど、それにしても丸谷は詳しい。何なんだ、と思うほどだ。
 でもそういうことは、少し前の#6文豪にはあたり前のことだったのかもしれない。自国の文章をふまえた上で、外国文学を学ぶのは当然のことだったのだ。 例えば林望#7だって、河合隼雄だって(その他にも大勢#8)、どうしてどうして日本語、そして古典に詳しい。ここまで古典(漢文をもちろん含む)に親しんでいるのは、なぜか? ということは後述する丸谷才一著『文章読本』の覚書で触れたいと思う。
 しかし、改めてその博学っぷりに驚いた本書ではあった。
August 10th, 2000



notes
#1:
以前にも本を借りようとしたところ、 どこかにはあるはずだが、今は見つからないので待ってくれと言われたことがある。
#2: 『プレイバック』Ch.25 (p232/ハヤカワ文庫1988年版)
#3: でも『プレイバック』を読んでいる時には全然気づかなかったぞ。
#4: リンダ・ローリング。
#5: この辺りは文庫版訳者・清水氏のあとがき「レイモンド・チャンドラーのこと」による。
#6: ここでは戦前〜戦後の今より少しに生まれている作家を指している。
#7: この人は、『イギリスはおいしい』が著名(後に覚書有)だが、日本文学の専門家。
#8: アメリカ文学(特にS.フィッツジェラルド)に影響された村上春樹でさえも。


|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
#002 山といへば川
 評がすごーくおもしろかった!色々気づかされた。
 文学は古典の流れを汲んでいるし、古典文学は文学の前・神話(「・書評の練習」のアボリジニの神話参)を踏襲していたのだ、そして神話とは文明の発祥なのだ!という感じ。教授にこの話しをしたら「君、今卒論書くといいねえ」とのたまった……。
 ところで、丸谷は文章の読み方はすばらしいけど、文章そのものセンスというものがイマイチな気がする。そんな勝手な想像ゆえ、丸谷の小説にはなかなか手が出ない。
June 19th, 2000



|K | [Domestic]丸谷 才一 |comments(0) | trackbacks(0) |
permission
当ブログに含まれる内容、データの無断転載・転用の一切を禁じます。
Please do not use any texts and images on your site without permission.

Number
 

PROFILE
Contact me
webmaster's email address is as follows;
vignettek☆gmail.com

*when you send email, please replace ☆ by @.
*If you have any feedback, please feel free to write to me.

LINKS
OTHERS
Ranking


Facebook
SPONSORED LINKS